世界の鍵

 カーネル、それはデジタルワールドの中核。天使型デジモンの中でも最高位に位置する三大天使によって守られている。昨今のデジタルワールドは、デジモンの数も増え、とても豊かになっているように思う。それは、世界の拡大を意味するので、より一層、不安定になりがちなカーネルを守護する必要があるわけだ。
 といっても、私は天使型デジモンで、究極体ではあるが、三大天使ではないので、然程縁のある話ではない。私の名前はクラヴィスエンジェモン。この世界と異世界との壁“ゼニスゲート”を守護するものだ。異世界といわれても、中々現実感がないかもしれないが、元々、ウィザーモンやナニモンは、俗にいう外来種なのだ。この世界の物ではなかった。本来は姿も 違っていたのだろうが、この世界に最適化され、あの姿になったようだ。とはいっても、このデジタルワールドでは、姿形が変化する進化は、有り触れた現象なので、珍しい事でもないが。私の守護するゼニスゲートは、三六〇枚の扉によって封印されている。異世界というのはそんな簡単に開いていいものではないのだ。かといって、私には分かりかねるが、開かなければいけない時もあるのだろう。開くリスクと、開く必要性の頻度を考えれば、この厳重さは納得だ。この扉は誰が開けるかといえば、三六〇枚、全て私が開く事が出来る。私の右腕の“ザ・キー”がマスターキーとなっているのだ。つまり、この扉を手っ取り早く開けるには、私を倒して右腕を切り落とすなり、私を操るなりすればいい訳だ。と は言っても、そもそもここに入るまでが苦労するし、私自身も戦闘力には自信がある。
 ネタばらしをすると、ここはカーネル、ホメオスタシスへのアクセスが唯一許される場所であり、ホストコンピュータであるイグドラシルが格納されている場所である。カーネルにいくつかあるフロアの内の一つが、ゼニスゲートに通じるという訳だ。

 聞きなれた足音が聞こえてくる。このフロアのセキュリティが承認のシグナルを鳴らす。重厚な金属音を響かせるのは、熾天使、セラフィモンだ。
「セラフィモン、どうした。こんな所まで足を運ぶなんて珍しい。異世界に行きたいってお願いなら、まずはホメオスタシスの許可でも取ってくるんだな」
「あいにく外の世界へ旅行に来た訳じゃないのだよ。話 しておきたいことがある」
彼の表情は見えないが、真面目な話であることは語気で分かった。ゆっくりと、厳かに、彼は言った。
「ホメオスタシスが天啓を与えてくれない。最も、私たちの使命は常にこのカーネルの守護だし、毎回その旨を伝えられる位なので、支障はない。にしても、世界が平常運行しているか確認できないのは、あまりいいことじゃない」
確かに、私たちはカーネルを守護するだけで、もっぱら世界の右腕として活動するのは、セキュリティのロイヤルナイツや、スラッシュエンジェモンが率いるパワーズ(天使軍団)だ。
「確かに、いい話じゃないな。私に出来ることは?」
彼は少し困った声で言う。
「そうだな。話を持って来ておいてなんだが、特に無い。いつもと同じよ う、ゼニスゲートに干渉する者への警戒だ」
「わかった。セラフィモン、君も気を付けてくれ。オファニモンやケルビモンにもよろしく。私は立場上、持ち場を離れて君達に会いに行く事も出来ないしな」
自分で言った後、ちょっと皮肉っぽいと思ったが、
「ああ、分かった。それではいつも通り頼む」
彼は意に介さない。大物の風格だ。

 それからしばらく時間が過ぎた。相変わらずホメオスタシスからの応答はなく、イグドラシルが無機質な返答をするだけだった。これらは相変わらずセラフィモンが知らせてくれた事だ。最初こそ緊張感があったが、かと言って何か具体的に問題が起こっている訳でも無く、かつ解決方法が分からないので、現状維持、との事だ。危機感は日々薄れていった。< br> また時間が経った。
「よう、久しぶり」
セラフィモンとは違った、チャキチャキとした刃物のぶつかる音を鳴らしてやってきたのは、スラッシュエンジェモンだ。
「しらばくだな。外の様子はどうだ?」
スラッシュエンジェモンは、カーネルを守る三大天使と違い、世界を駆け回る武力の長だ。たまにやって来る彼から話を聞くもは面白い。何より、彼は三大天使では無いので、エリート臭を感じさせないラフなデジモンなのだ。
「そうだなー。最近はどこもかしこも平和ってのが正直な所だ。平和に越したことはないが、俺としては退屈だねえ」
期待していた私にはちょっと肩透かしだ。
「そんなしょげた顔すんなって。戦争するやつが退屈してるなんて、これ以上に幸福な事はないぜ。デ ジモン達もますます数が増えて、種が多様化している。今じゃあ何百じゃあ済まないかもな。一度見せてやりたいよ」
頭の中でイメージする。成長期デジモンがのんびり暮らし、成熟期以上のデジモン達が切磋琢磨しあい、また新しい進化へと繋がる、理想的なデジタルワールドを。
「ああ、是非とも一度見てみたいな。平和とは言え、私の任は他人に任せられるもので無いから、まだまだ先だろうが」
スラッシュエンジェモンは右腕の甲で肩を叩き、
「その時は俺が案内してやるよ。んま、このまま平和が続いて後釜が出来ることを待ってようぜ」
気さくに笑った。

 またしばらく時が経った。デジモンはますます増えたと言う。セラフィモンやスラッシュエンジェモンが来る機会は減った。彼 らは来る際に、「なんか変なんだ」としか言わない。聞いても、「体がうまく動かない時がある」と言うばかりだった。私は基本動かないので感じない。カーネル内部にいるので、何かしらの干渉を受けにくいのかも知れない。

 少し時間が経った。セラフィモンは、ロイヤルナイツがイグドラシルに謁見したと言っていた。スラッシュエンジェモンとはまた違った、世界の剣。彼らに任された命令とは、何だろうか。

 世界が変わった。セラフィモンが来なくなった代わりに、ロイヤルナイツが私の所に顔を出すようになった。主に顔を出すのは、守りの名手マグナモンだった。
「マグナモン、世界が変わったとはどういう事だ。何が起こっている。君らが何故ここに駐在する?」
彼はじっと私の 表情を見て、
「今は、言えない。だが、カーネル付近にいるお前の仲間なら、無事だ。安心していい」
仲間を心配する心境を察したらしい。しかし、続けて
「だが、詮索はするな。お前はお前の任を全うすれば、それでいい」
鉄のように、冷たく言い放つ。まったく、これだからクロンデジゾイドばっかり身に着ける連中は。心まで金属になっているのと違うのかね。
 しかし、そうするとスラッシュエンジェモンの身には何か起こっているのだろうか。ちょっとやそっとでやられる奴ではない。彼の血の気の多さなら、非常時でも軍団と共に暴れてくれるだろう。

 ある日、マグナモンが疲れた表情でやってきた。どうかしたか、と聞くと、何でもないと答える。しつこく私が問い詰めると、彼 はぽつりぽつりと語りだす。
「イグドラシルより使命を与えられているのだが、デュークモンは自分の信条を加味して、オメガモンは自分のイグドラシルへの崇拝で曲解して、行動しているのだ。ロイヤルナイツと言っても、お前ら程一枚岩ではないのでな」
何だ、デジモン臭い所もあるじゃないか。
「どの世界でも集団というのは同じようだな。どうだ、いっそ別な世界にでも行ってみるか?」
彼は、はははと薄ら笑った後、言った。
「職権濫用する輩がいるのも、どの世界も一緒だな」
彼なりのジョークなのだろう。

 スラッシュエンジェモンがやってきた。突然だった。
「いいか、俺の話をとりあえず聞いてくれ。時間がない」
世界がどう変わったか。それは決して、私達が望んで いた、平和な世界ではなかった。イグドラシルがばら撒いたデジモン削除プログラム、通称Xプログラム。プログラムというよりはもはやウィルスのようなものに思える。そして、Xプログラムに感染せず、強い生命力で生き残ったデジモンがいること、感染はしたが、デジコア内に取り込んで抗体を作り出し生き延びたデジモンがいる事、イグドラシルが後者を削除対象とし、実行者はロイヤルナイツである事。セラフィモンは、生存したデジモンの味方に付き、ロイヤルナイツデジモンと対決、テスタメントで敵もろとも爆死したこと、そして、スラッシュエンジェモン自らも感染している事。
「俺たち天使型デジモンはさ、世界の為に動くけど、それは、世界の統治者の為じゃなく、世界に生きる奴らの為に 、力を振るうってことだと思うんだよ。セラフィモンだってそうだった」
三大天使の他のデジモンは、お前の軍団は、今の世界中のデジモンの生存率は、訊きたい事は沢山あったが、
「じゃ、後は任せたぜ」
一瞬で、本当にあっけなく、彼は消滅した。きっと、プログラムの進行を無理やり抑えながら、ここまでやってきたのだろう。私はどうすればいいのだろう。私は誰の味方で、誰の敵なんだ?私は何をするべきなんだ?分からない。私には分からない。

 ロイヤルナイツデジモンは来なくなった。どうにも、スラッシュエンジェモンがここで死んだ為、Xプログラムが高濃度で蔓延しているらしい。あいつ、どんだけ溜め込んで来たんだか。不思議な事に、私の体調に変化は無かった。
 しか し、一つだけ変化があった。私の思考が、変に活動的になったのだ。理由は、多分彼だろう。Xプログラムと一緒に取り込んじまったらしい、残滓を。一つの変化が全てを変える。私は、フロアーのセキュリティシステムに右腕をぶち込み、イグドラシルへのアクセスを試みる。当然出る、パスキー認証。何の為の右腕だ。
 そして、イグドラシルの記録を読み取り、全てを知った。ホメオスタシスが、デジタルワールドのバブル化によってパンクし、名前の通りの恒常性を維持出来なくなった事、イグドラシルがそれにより、バックアップ動作として、デジモン削除プログラムを発動するも、Xデジモンの誕生により、計画が狂って身動きが取れないこと、打開には実験体Digimon OR Unknown を実体化させ、彼のポテンシャルに掛けるしかない事。そして、その成功の鍵は、異世界に住む“人間”の力が必要だということ。
 私の行動に迷いは無かった。行動すると決意した瞬間、私のデジコアがおびただしい熱を持ち、体中が、デジコア中が激しいオーバーライトで書き換わるのを感じた。体に赤のラインが入り、翼が鋭利になる。X進化だ。
ありがとう、スラッシュエンジェモン。
 私は、ゼニスゲートの封印の扉の前で、新しい体の右腕を構える。私にしか出来ない事、世界の為に必要な事。異世界へと続く扉は、私の鍵で開かれた。





おまけ がんばれクラヴィスエンジェモン
 二〇〇〇年。お馴染み、デジモンアドベンチャー02の二十二話のあのシーン。
「例え ば、ウルトラエンジェモンとか!」
「おう、ウルトラエンジェモンになってやろうじゃないか!」
結果:駄目でしたー☆
 二〇〇四年。セントラルエリアにて。
「見てみて大輔!ついに俺、天使型デジモンに進化できるようになったよ!」
「本当かブイモン!」
「ああ!ようし、見ててくれよ!ブイモン進化―!」
――進化チェンジ!――
デジコアにX抗体が構成され、ブイモンの姿が変わる!
そこに現れたのは、
「クラヴィスエンジェモン!」
ガタイのいい、白が貴重な鍵デジモン。
「お、おう」
「どうどう?大輔!」
「……これで、天使?」
「え」
 頑張れクラヴィスエンジェモン。君のビジュアルでもきっと胸を張って天使デジモンといえる。だから頑張れクラヴ ィスエンジェモン。

その2
夕焼けの浅瀬。ここにいるのは二体の究極体。互いにディープセイバーズに所属する、プレシオモンとヴァイクモンだ。
「で、ワシが今日プレシオモン、お前を呼んだのはな」
「ああ、わかってます」
「うむ、話したいことはシャッコウモンのことなんじゃ」
「ああ、でしょうね」
「わしは初出のカードでは、シャッコウモンの進化先だった」
「そうでしたね。ちなみに私はペンデュラム2.5が初出です」
「そのときゃメガシードラモンからのジョグレス進化だったな」
「ええ、お互いそういう意味では、進化の棲み分けがされていたはずでしたね」
遠い目をする二体。
「しかし、わしゃカードでズドモンから進化することもあり、かつビジュアルが ビジュアルだった」
「“ズドモン進化論争”の始まり。まあ私はそこまで意識していなかったですが、ゴマモンの究極体はプレシオモン、と主張するファンも多いですね。ワンダースワンのディーワンテイマーズはもちろん、ブレイブテイマーなんて、丈のゴマモンがプレシオモンになったわけですし」
「この論争は『デジモンの進化は幅広い』という見解の下、拘る必要もないことで、たまに蒸し返されるものの、この見解で解決されたかと思われた」
「ええ、ヴァイクモン、あなたに進化するのは、ズドモンでもシャッコウモンでも、というかそれっぽかったら何でも構わないと。だが、また論争がおこった」
「そうだ。わしがデジモンアドベンチャーPSPに出演してしまったためだ」
「ゴマモン の究極体としてね。ちなみに私はロストエボリューションで出演している上、更なる進化先としてイージスドラモンが設けられました。ちなみに進化元はブラキモンです」
「ブラキモンってアルティメットブラキモンがいるのにな、あいつモブっぽい癖に優遇されてるのお」
「まあそこは本題じゃないですよ。正直、先述の通りファンが想像する上では、幅広くヴァイクモンに進化するデジモンがいてもいい、と言える。ですが、今回は公式が出したルートです」
「その上、場合によっては同じ系統のゲームが02から出るかもしれない、という主張もあったのお。とすると、シャッコウモンは誰に進化する?」
「ええ、そうですね。そうすると、シャッコウモンがかわいそう、どうするんだ、ってムード が出来上がったわけで」
腕を組むヴァイクモン、頭をもたげるプレシオモン。
「困ったなー」
同時にため息をつく。
「はぁ、いっそスラッシュエンジェモンとかでいいんじゃないですか、シャッコウモンの進化先。ロストエボリューションではそうだったでしょう」
「それもありだとは思うが、デジモンワールド3でコテモンの進化ルートに組み込まれておる」
「だけど、ほら、クロスウォーズでも少し絡みあったじゃないですか」
「んまあ、無しではないけど、また同じ論争おこると思うとのお」
そしてまた、二人同時に、
「困ったー」
ため息をつく。
「あぁ、シャッコウモンの進化先だし公式で特定のルートを提示されたことのない、ずんぐりむっくりで、神聖系の究極体がいれ ばいいんだがなあ」
「まったくですね」

 ゼニスゲート前。
力天使デジモンの彼は、自分の存在がファンの論争で出てこないことに、泣いていた。頑張れクラヴィスエンジェモン。負けるなクラヴィスエンジェモン。
 終




あとがき
 X抗体本が実現し、テンション高々に参加したものの、真面目路線を考え始めたはいいものの、真面目なものは時間が掛かるし、掛けたい、そう思ったのもあって、後半のおまけのようなシュールギャグ一色にしようとしました。
が、しかし。当然埋まらない原稿。結局、ギャグ原案のいくつかと、デジタルワールド構想を足し、それにゼヴォやクロニクルの要素を加えました。イグドラシルとホメオスタシスの関係は、中島諭宇樹先生版のデジモンク ロスウォーズからインスパイアを頂きました。あと白書ことデジタルワールド研究白書にはお世話になりました、いやなってます。
 また、まさかの原稿に誤植三か所があり、推敲やって修正したじゃん!って思ったら、渡すファイル間違えるとかいう大アホやらかしてました。もちろんこれで一番恥ずかしい思いをしているのは俺自身ですが、本全体のクオリティを下げてしまったことを考えると、参加者の皆様に上げる頭がありません。ごめんなさい。
そんな感じで、誤植を直したり、ほんの一言レベルで加筆した版がこちらになります。
奇特な方がいらっしゃいましたら、どこが修正加筆されたか探してみてください。

 この短編は、しばらくやっていなかったデジモンの設定や世界観を考察す るいいターニングポイントになりました。最近のデジモンの商業展開は、正直粗い部分にばかり目が行きがちで、百パーセント楽しめていなかったと思います。
故に、今回参加して、久しぶりにデジモンの世界観の奥の深さを認識しました。今後こう言った機会があればまた参加したいですし、その時は推敲を目が腐るほどやりたいところであります。





TOPへ